2020.05.15

第47回 獣医麻酔:甲状腺機能亢進症の麻酔を探る

<術前検査>

 

犬における甲状腺機能亢進症は非常に少なく、多くは甲状腺腫瘍罹患犬の10%程度認められるが、その麻酔管理は猫の甲状腺機能亢進症と同じであるため、ここでは猫の甲状腺機能亢進症について概説する。

 

 

比較的高齢の猫でよく遭遇する疾患であり、多結節性甲状腺腺腫か結節性過形成によって引き起こされる。

 

 

猫で多く認められる臨床症状に体重減少と食欲増加がある。

嘔吐下痢も比較的よく認める症状である。

そのほかに高血圧に伴う網膜疾患や脳疾患を合併することもある。

血液検査所見では、ALTとALKPの上昇が約75%で認められるとされている。

また、甲状腺機能亢進症の場合は、心拍出量の増加に伴う腎血流の増加によって、GFRが増加している。

したがって、潜在的な腎機能低下を見落とす可能性もあるため術前検査では特に注意が必要である。

 

 

甲状腺機能亢進症の猫に麻酔をかける前に知っておくべき最低限としては、

 

 

高血圧、

慢性腎臓病、

心肥大

 

 

の有無は確認していおくとよい。この3つについてここから先は深堀していく。

 

 

前述の通り、過剰な甲状腺ホルモンはβ受容体刺激によって心臓に過剰に働きかける。

主な作用は心収縮力の増大であるが、これはトリヨードサイロニンが心筋のそれぞれのチャネルに作用することで生じている。

これにより心筋の仕事量と酸素消費量増大を引き起こし、心肥大を生じる。

術中低血圧時のカテコラミン使用には注意が必要となる。

 

 

高血圧も多くの甲状腺機能亢進症猫で認められており、これに対して術前にアムロジピンやβブロッカーが使用されるケースもいる。これらは低体温時に厄介となることがあるので後述する。心肥大や高血圧の他に、不整脈も一般的に良く認められる。

洞性頻脈が一番多いが、心房細動や期外収縮なども散見されるため、心電図の検査もしておくべきであろう。

 

 

基本的には、手術当日の投薬はいつも通り実施しても構わない。特に抗甲状腺薬はその半減期が短いため、問題になることはない。

 

 

<麻酔薬の選択について>

 

甲状腺機能亢進症の症例に麻酔薬を選択するうえで、絶対的な禁忌は存在しない。

 

しかし、この疾患は前述の通り、心拍出量の増大を引き起こす。薬物の血中濃度は心拍出量と肝代謝に依存しているため、心拍出量の多い動物では薬物の血中濃度は上昇しにくいといった特徴がある。事実、人の甲状腺機能亢進症では薬物の分布容積やクリアランスが増加しており、プロポフォールやフェンタニルが通常よりも多く必要であったと報告されている(Tsubokawa T, et al. 1998. Anesth Analg 87:195-9.)。猫で使用される薬剤を以下に示す(表)。

 

 

猫における鎮痛薬とMAC減少効果

 

表を見ていただければわかるが、猫の場合、あまり有効オピオイドは存在しない。

したがってメデトミジンも使用することで鎮静と鎮痛のバランスを保つことも可能である。

 

絶対的禁忌はないと前述したが、一般的には間接的なカテコラミン放出による心筋酸素消費量の増大により、不必要な不整脈が生じることもあるため、ケタミンは使用しないほうが良いとされている。また同様に酸素消費量を増大させる薬剤にアトロピンがあり、避けた方がよいとされている。しかし、徐脈性低血圧などは比較的よく遭遇する低血圧であり、必要な場合は使用する。