2020.05.20

第56回 獣医麻酔:副腎皮質機能亢進症②

<副腎皮質機能亢進症の特徴>

 

 

イヌの副腎皮質機能亢進症の80-85%はPDHとされている。

本来、コルチゾールは生きるための戦うホルモンであるため、肝臓の糖新生や脂質代謝、タンパク異化などに関わっており、赤血球産生血管緊張、腎機能などにも影響を及ぼすため、このホルモン制御は生体にとっても重要となる。

イヌと比較してネコではコルチゾールに対する反応が異なるため、副腎皮質機能亢進症でのネコの臨床症状は大きく異なる。

イヌでは腹部下垂や筋萎縮、脱毛、多飲多尿が一般的に認められるが、ネコでは症状を認めれば同じような臨床症状を示しますが、不明瞭であることも多い。この疾患でも粥状性動脈硬化を認める症例もいる。

 

麻酔をかける上で、気になる血液検査所見は特にないが、

赤血球増加や中等度の高血糖を認める。

ALKP上昇も一般的によく認めるが、これによる麻酔薬の変更や麻酔方法の変更はとくにない。

イヌでは、コルチゾールが尿細管のバソプレシン受容体に作用し、尿量を増加させるため、脱水があればBUNが上昇していたりすることもある。

 

 

また、周術期を含めた注意点としては、過剰なコルチゾールによる凝固因子活性化とアンチトロンビンⅢの産生抑制が生じ、凝固亢進から血栓症など、肺血栓塞栓症にも注意が必要である。

 

 

 

<麻酔管理>

副腎皮質機能亢進症麻酔でのポイントは大きく分けると4つである。

 

高血圧

症例の50%で高血圧が生じているとされている。ネコので報告もある。

さまざまな機序が提唱されているが、高インスリン症やインスリン抵抗が関わっているとされている。

血管内皮肥厚と硬化がメインである。またコルチゾールは血管の一酸化窒素産生抑制、エンドセリン濃度上昇、細動脈のα受容体に結合することで血管収縮作用をもたらし、高血圧を生じる。

さらに脂質代謝障害も相まって、粥状動脈硬化を生じた場合には、血管内コンプライアンスの低下によって、有効循環血液量は減少したりする。

 

 

機能的残気量低下と酸素化および換気障害

筋萎縮や肝腫大などの影響で、機能的残気量が減少する。

麻酔中はこれによって無気肺や高炭酸ガス血症を呈する動物もいる。

体勢や手術内容によっては積極的に人工呼吸による換気調節をすることも多い。

 

 

肺血栓症

赤血球増加や凝固亢進、さらに慢性変性性房室弁疾患を合併していたりすると、血流速度が変化したり、手術による血管内皮障害によって肺血栓塞栓症を併発することもある。

麻酔導入直後に説明できない急激な低酸素血症、酸素濃度を上昇させても反応しない低酸素血症に遭遇した場合には、この疾患を疑うことが必要かもしれない。

 

 

慢性の高血圧や、多飲多尿によるGFR増加(イヌではGFRが増大すると言われている)と、さまざまな因子によって糸球体硬化などが生じる。副腎皮質機能亢進症では腎血流が低下し、障害を引き起こすことも考えられるために注意が必要である。

 

 

これらを踏まえて、様々な対応が必要である。術前対策としては、クッシング症候群のコントロールをすることである。

クッシング症候群を治療する群としない群では、した群のほうが予後が良いことが示されている。

さらにクッシング症候群症例では血栓による死亡リスクが増大することも示唆されており、術前にアスピリンやクロピドグレルなどの薬剤併用も考慮される。

 

 

術中管理に関しては、絶対的な禁忌となる薬剤は存在しないが、ケタミンによって高血圧や頻脈が助長されることから、心機能低下症例や酸素要求量が増大している症例ではケタミンの使用は推奨されていない。

そのうえで、鎮痛補助薬としての使用はオピオイドによる急性耐性やOIH (Opioid Induced Hyperalgesia)の予防観点からは有用である。

 

麻酔中の血圧に関しては、どのくらいが適正なのかは獣医療ではだれもわからないところであるが、臓器には基本自動調節能が存在する。この能力は特に心臓、脳、腎臓で発達しており、血圧による血流量調整が行われている。

 

一般的には、慢性高血圧症例は自動調節能の範囲が右方変移していると言われており、本来は平均血圧を60mmHg以上にしていれば臓器血流は維持されているはずであるが、このような症例では平均血圧が80mmHg程度がないと血流量が減少することが示唆されている。したがって、術前に血圧を測定し、高血圧がある場合には、普段よりも高めの血圧を維持する必要がある。