2020.07.22
第66回 麻酔集中治療医の考える膵炎①
【周術期管理と膵炎の関連性を考える】
〇手術手技および処置
医療における手術手技や処置における術後膵炎は、膵近傍の手術、特に胆道系手術や胃切開術後において発生頻度が高いとされている。また心血管系手術や移植術後の膵炎も数多く報告されているようである。これ以外の手術においても急性膵炎の報告が存在するが、これらの手術が急性膵炎の誘因となっているかは明らかでない。
獣医学領域においては、手術手技や処置における膵炎との関連性を検討した研究はないが、外科的に膵臓生検を行った犬と猫における術後合併症を調査した研究がある。この論文では犬24頭、猫19頭を対象としており、5頭で術後膵炎が疑わしかったと報告しているが、膵臓の直接的な刺激が膵炎発症と関連するかどうかは不明である。また結論としても膵生検による合併症が生じる可能性もあるが、リスクは最小限であるとしている。
医療では、内視鏡的逆行性胆道膵管造影(ERCP: endoscopic retrograde cholangiopancreatography)と言われる経内視鏡的に胆管や膵管に直接細いカテーテルを挿入し造影剤を注入する手技が存在し、検査のみならず現在では治療にまで応用されている。このERCP後は膵炎の発症する可能性が示唆されておりERCP後膵炎(post ERCP pancreatitis: PEP)と呼ばれている。
PEPは膵管上皮損傷や膵腺房細胞障害のほかに乳頭浮腫や乳頭括約筋攣縮による膵液流出障害が原因とされている。また膵管内圧と実質組織圧の上昇が関与することが報告されている。犬におけるERCP後のPEP重症度を評価したパイロット研究においては、内視鏡の侵襲度と重症度が直接的に関連することが報告されている。PEPの危険因子としては患者関連因子と手術関連因子があり、複雑に関連している。
つまり、これらの論文から推察するに、膵臓への直接的な刺激は膵炎の危険因子となるが、刺激の程度により膵炎になる症例もいればならない症例もいるのは確からしい。ERCPでは膵管や胆管を直接刺激するため膵炎のリスク因子となるのは容易に想像がつくが、開腹下での膵臓の表面的な刺激が膵炎を誘発するかどうかは不明であり、それを指示する論文も存在しないと思われる。
〇薬剤
多数の薬剤と急性膵炎発症との関連が報告されてはいるが、関連が証明されているものから、関連性が十分でないものまで様々存在する。
日常で使用する麻酔薬や鎮痛剤と直接的な膵炎との関連性は、実は認められていない。
麻酔薬の中で筆者含め読者が気になるのはやはりプロポフォールであると思われる。
直接的な因果関係は認めないようであるが、膵炎の危険因子には高脂血症も存在する。
麻酔導入程度のプロポフォールで血漿成分が白濁することはないが、長時間の持続点滴では確かに高脂血症を疑うような血漿成分となるが、これに関しても論文的な情報はない。
しかし筆者の経験でもプロポフォール持続点滴による全静脈麻酔後、膵炎を発症した症例も少なからず存在する。
しかし、術前の全身状態、術中の血圧変動、常用している薬剤などによる影響など複合して膵炎を発症している可能性のほうが高いと感じている。